独自の方針と施策でITアーキテクト人材活躍の場を整える、TISの技術人材戦略を探る
1971年に創業し、様々な業種業態のDXを支えているTIS株式会社(以下、TIS)では、テクノロジー&イノベーション本部(以下、T&I)と呼ばれる技術専門組織を中心に、情報の徹底的なオープン化を進めながら全社のエンジニアリングを牽引しています。
それを顕著に表しているのが、T&Iメンバーにとっての業務/行動指針となる「しごとのきほん」及び「きほんのせんりゃく」のインターネット公開と言えるでしょう。
特に2023年8月30日にバージョン1.0が公開された「きほんのせんりゃく」では、T&Iのミッションや機能、以下の図にある様々な施策など、同組織の活動戦略に関する詳細情報がインターネット上に公開されています。従業員はもちろん、競合他社を含め誰でも参照可能。ここまでオープンにして問題ないのかと疑問に思いますが、以前実施したT&I 本部長である北氏へのインタビューより、「オープンにするからこそ意味がある」とのことです。
今回は、T&I 副本部長であり、同本部内のデザイン&エンジニアリング部 部長と開発基盤センター センター長を兼務している田伏氏に、どのような経緯や意図があり、このような施策を打ち出して強力に推し進めているのか、お話を伺いました。
※T&Iの過去取材記事については、以下の2記事もご覧ください。
▶︎TISの専門家集団T&Iの組織づくりとオープンイノベーションの秘訣とは
▶︎アウトプットの文化が鍵!TISが技術ナレッジ共有サイト「Fintan」の運営から学んだこと
目次
プロフィール
テクノロジー&イノベーション本部 副本部長
兼 デザイン&エンジニアリング部 部長
兼 開発基盤センター センター長
「再利用」をキーワードに施策を分解・実行
――T&Iは、TISの中でも技術に特化したR&D的な全社横断組織と伺っています。まず、他組織と比較してどんな特徴があるのか、教えてください。
田伏:一般的な企業のR&D組織だと多くの場合、技術的に尖った人たちが現場から離れたところでツールを作ったり研究したりしていると思うのですが、T&Iには開発現場で活躍している多くのエンジニアたちが常時在籍している点が、大きな特徴であり強みだと考えています。現場の本質的な課題などが分からない状態でシーズベースで新しい研究開発ばかりしていても、なかなか現場に浸透していかないという問題があるので、ニーズベースでしっかりと施策を打っていく必要があると考えて、そのようなコンセプトで組織を設計しています。
田伏:こちらが現在のT&I組織の全体像です。この中で私が中心になって管理しているのが、Near-termのR&D組織である「開発基盤センター(DPC)」と、事業部門が主管するプロジェクトにエンジニア/デザイナーとして参画しプロジェクトの技術面をリードする役目を担う「デザイン&エンジニアリング部(DED)」です。DEDのメンバーから日々現場での課題が出てくるので、現場感に沿った技術支援や研究開発などがよりスムーズになっていると考えています。
――同じR&Dでも、主管されているNear-termとLong-termで部門が分かれているのも面白いなと感じます。T&I内で複数の組織が活動していますが、具体的な活動戦略はどのようになっているのでしょうか?
田伏:概要としてはこちらの図にある通りです。一般的なソフトウェア開発のアクティビティに対して、人・ノウハウ・ツールそれぞれがコアになると置き、それらに対して「再利用」というキーワードで施策を3つに分けています。
田伏:(真ん中列の)一番上にある「Know-who」というのが、この中でも特に重要で近年最も力を入れている領域です。こちらは、事業の源泉である人の力を引き出す施策群になります。真ん中の「Know-how」とは、様々な知見を形式知化することによって可搬性を高めた再利用資産にするという取り組みです。さらに一番下にある「Ready-to-use」とは、汎用性が高く生き残る可能性の高い要素技術を見極め、Know-howからさらに踏み込んでフレームワークや共通部品化して再利用資産にするという取り組みになります。この3つの切り口の再利用性を高めるために、様々な施策を走らせています。
活躍したい場で存分に活躍できるために、ITアーキテクトという切り口で環境を整備
――先ほどおっしゃった3つの中でも、特に重要な「Know-who」領域での具体的な取り組みについて教えてください。
田伏:代表的な取り組みとしては、2018年に構築した組織横断型相互技術支援基盤「canal(カナル)」があげられます。(下図一番上にあるオレンジ枠)。端的にお伝えすると、組織横断で利用できる技術Q&Aサイトです。TISインテックグループの総合力を発揮できるよう、社員一人ひとりが持っている知見を、実際に現場で課題に直面している人がフル活用できることを狙ったもので、スタックオーバーフローの社内版のようなものとお考えください。もちろん、ただ箱を作るだけでは機能しないので、技術的に尖ったテックリードの人たちに協力を仰ぎ、canalに投稿された質問に率先して回答してもらうようにしました。
田伏:それからもう一つ、2022年からスタートしているのが、組織横断型ITA相互支援体制「UNIITA(ユニータ)」です。
――ITAとは何ですか?
田伏:ITアーキテクトのことです。UNIITAの最終的な目標の一つは、各メンバーに優秀なIT人材、さらにはITアーキテクトに育ってもらうことです。
田伏:こちらの図の左側にあるピラミッドは、TIS社内の技術人材のスキルレベルを示したものです。てっぺんに記載された「top」が、多くのITアーキテクトの中でも、いわゆるスーパーマンとして専門性を発揮しているトップアーキテクトのメンバーになります。社内では「アドバイザリーチーム」と呼ばれており、現時点で13名が任命されています。それにhigh(事業部アーキテクト)、middle、potentialと人材のスキルレベルが続いていきます。このピラミッドの全体面積を大きくしていくことが、UNIITAの目的です。
――UNIITAはITアーキテクトの「相互支援体制」と表現されていますが、具体的にどんなことをされているのですか?
田伏:主な活動内容としては、アドバイザリーチーム、事業部アーキテクトが行ってる社内で一定規模を超えた開発プロジェクトに対するテクニカルレビュー、それから社内に点在するアーキテクト人材の交流と啓発です。後者は各本部ごとにグループを作り、そのグループ内で月に2回の定例会を実施して、技術的なディスカッションなどを行っています。また通常の所属組織とは別に、先輩ITアーキテクトによる1on1も行っています。
――一種の社内コミュニティだと思うのですが、なぜそのような施策が必要だったのでしょうか?
田伏:canalは一問一答の課題解決には有効ですが、ITアーキテクトが直面する問題の多くは非常に多面的であることが多いです。だからこそ、より深く長いスパンで問題解決を図っていくための仕組みとして、親身になって相談に乗ってもらえる場が必要だと考えました。
あともう一つ、ITアーキテクトやそこをめざすメンバーの「孤立解消」のためとも言えます。TISは非常に大きな組織になっているので、各部署に必ずITアーキテクトがいるとは限りませんし、いたとしても1〜2人であることが多いです。せっかくITアーキテクトとしてのキャリアに積極的になったとしても、先輩アーキテクトがいないとスキルを評価してくれる人がいませんし、自分が描いたアーキテクト設計の良し悪しを客観的に判断することもできません。そのような状態が続くと貴重な人材が別の会社へと移ってしまいますし、もっと良くないことに特定の人材に技術面での期待・業務負荷が集中することでメンタル不調を引き起こすリスクも高まってしまいます。
メンバー一人ひとりが活躍したいと思う場で存分に成長、活躍できる環境を用意するためにITアーキテクトという切り口で環境を整備しているのが、UNIITAです。グループにはアドバイザリーチームからポテンシャル層まで幅広く所属しており、お互いに刺激し合うような空間をめざしています。
全社を巻き込んだジョブ・ローテーションが次なるITアーキテクト人材につながる
――先ほどのピラミッド図を見ると、UNIITAの施策群の中に「ジョブ・ローテーション」がありますね。なぜジョブローテが必要なのでしょうか?
田伏:ITアーキテクトをめざす人が技術的に新しい挑戦を続けるべく、多様な案件に入ってもらうためです。同じ案件を長期間担当していると、どうしても成長スピードが落ちてしまうと思っているので、様々な経験をしてもらって多面的な問題解決スキルを身につけてもらうというコンセプトで進めています。
昨年から若手技術人材の育成に特化したOJTの施策も走らせています。OJTの対象は、各事業部の1〜2年目の社員です。各事業部からデザイン&エンジニアリング部へと期間限定で出向してもらい、2年間実際の協業案件に入った後に、3年目に順次事業部へ戻っていくという仕組みです。ITアーキテクトをめざす人材のすそ野を広げるための取り組みで、「モチベーション層育成制度」と呼んでいます。
――各事業部からのメンバーにT&IのITアーキテクトのDNAを注入した上でリリースするということですね。
田伏:仕組みとしてはT&I発足時からあったのですが、実際にはなかなか上手くいっていませんでした。組織も少しずつ整備されていき、ようやく昨年からスタートすることができました。今はちょうど、デザイン&エンジニアリング部で案件に入ってもらっている段階です。
――現場の事業部って、得てして部分最適で考える側面があると感じていて、人材を外に出すのを嫌がる側面があると思うのですが、そのあたりはいかがですか?
田伏:おっしゃる通り、各事業部のマネジメント層とお話をしていると、はっきりとは言わないものの自分たちのところで何とかするという力学を感じることもあります。私たちとしては、それでしっかりと機能するのであれば良いと思っているのですが、一方で無闇にメンバーを部署や役割などにロックさせるようなオペレーションは良くないとも考えているので、ITアーキテクト不足という課題感をしっかりとお伝えして共通理解を促しつつ、協力を仰ぐようにしています。1、2年目を対象としたモチベーション層育成制度には多くの事業部に賛同、協力いただいていますが、中堅層以上のジョブローテーションの取り組みに関してはまだ一部の組織に限られているのが現状です。
――やはり、全員が両手をあげて賛成するというわけではないんですね。
田伏:一方で嬉しい誤算もありまして、UNIITAの取り組みを各事業部へと説明する中で、「T&Iのメンバーにこういった形で入ってほしい」といった想定外の要望をいただくことも増えてきました。スキーム以外の部分での人材流動性の高まりも感じており、必要な軌道修正をしながら取り組みを進めているところです。
――先ほどアドバイザリーチームには13名いるとおっしゃいましたが、そのようなスーパーマン的なアーキテクトには、どうやったらなれるのでしょうか?
田伏:汎用的な設計が難しいところがあります。というのも、アドバイザリーチームに所属しているメンバー一人ひとりの得意領域が全く異なっており、特性もバラバラです。お客さまとのコミュニケーションが得意なメンバーもいれば、ひたすら技術を追求しているメンバーもいます。ですからこういったキャリアステップを辿ればなれる、という類のものではないのですが、少なくとも様々な案件を渡り歩き、経験することが大切だと感じています。
――どのような評価項目があるのですか?
田伏:技術的な実績はもちろんですが、人となりや瞬発力の有無、問題解決力、主体的に動くかどうか、あとはTIS全社に対する影響力を発揮したいと思うかなど、様々な側面で見ています。
――技術力だけというよりは、TISという組織に密接に結びついているわけですね。となると、転職してすぐにアドバイザリーチームに入るような話でもないということですね。
田伏:そうですね。そこは会社としてお互いに関係性を築いてからになると思います。信頼関係ってすごく大事だと思っていて、例えば今のアドバイザリーチームのメンバーはどなたも、困ったときには瞬時に反応してもらっています。そういうところが、実はすごく大事だなと思います。
――ちなみにUNIITAを通して「やっぱ自分はPMをやりたい」と思うメンバーもいると思います。その場合はどうなるのでしょうか?
田伏:もちろん、その方のキャリアの志向性を尊重します。先ほどもお伝えした通り、メンバーを部署や役割などにロックさせたくないと考えているので、その方がPMを志向するのであれば尊重するようにしています。UNIITAやcanalなどの施策を経て「技術が楽しい」と思ってもらえれば本望です。
自分の成果が、組織全体、ひいては日本全体のエンパワーメントにつながる
――残りの2つの切り口である「Know-how」と「Ready-to-use」についても教えてください。
田伏:ここまでお伝えしてきた「Know-who」も重要な一方で、それだけでは開発生産性向上や利益を生むという点においては不足するため、「ツール、プロセス、ガイドなどあらゆる開発資産を再利用していく」という方針で活動しているのが、「Know-how」と「Ready-to-use」の基本的な考えになります。
開発現場が必要とする様々なテーマでR&D施策を立ち上げ、再利用可能な開発資産を生み出し、それらを「Fintan(フィンタン)」という技術ノウハウサイトで公開しています。開発現場で経験した実践的な技術事例や「Nablarch(ナブラーク)」というシステム開発のために包括的に設計されたJavaアプリケーション開発/実行基盤などのReady-to-Useな資産を置いています。どなたでも参照・利用できます。
※Fintanについては以下の記事も合わせてご覧ください。
▶︎アウトプットの文化が鍵!TISが技術ナレッジ共有サイト「Fintan」の運営から学んだこと
田伏:ただ、最近は特に「Ready-to-use」の難度が非常に高まっていると感じています。
――というと?
田伏:昨今の技術の進化と多様化のスピードが20年前と比べると随分変わってきており、ユーザーに画一的に使ってもらって満遍なく効果が出るものが、そもそも概念として古くなってきているのかもしれません。それに併せて技術選定も難しくなっており、仮に一つの技術に投資が偏りすぎると、中長期的にペイしないリスクも高まってきている印象です。だからと言って「Ready-to-use」に取り組んでいないわけではなく、事業部にも多くのヒントがあるとは感じていますが、どちらかというと「Know-how」の方に寄っていく流れかなと感じています。
――まさにAIの動きは早すぎて眩暈がしています。TISではAI関連の取り組みはいかがでしょうか?
田伏:GitHub CopilotやMicrosoft Copilot、社内版のChatGPTなどを多くの社員が積極的に活用して効果が出てきています。一方で、生成AIは進化のスピードが激しすぎるのでエンジニアリングの効率化のための「Ready-to-use」なツールを整備するには現時点ではまだ適していないと考えています。「作らない」というのが究極の生産性だと考えており、、少ないインプットから多くのアウトプットを生み出す生成AIは本質的な生産性向上をめざす上で扱いが非常に難しいです。アドバイザリーチームや事業部の皆さんとともに、技術動向を注視しつつ適切なタイミングでしっかりと先手を打っていけるよう、日々研究開発を続けています。
――ここまでご紹介いただいた各種活動を通じて、田伏さんご自身としては、どのようなことを実現していきたいですか?
田伏:やりたいこともやらなければならないこともたくさんあるので、端的に説明するのは難しいですが、少なくとも「Know-who」の重要性は今後も高まっていくと考えています。ですからジョブローテーションやOJTなど様々な施策をもって事業部の課題解消を推進するとともに、ITアーキテクトやエンジニアが成長実感を持って楽しく働ける環境を提供したいです。それらを実現するために、できることをやり尽くしたいなと。せっかくタレントがいるので、彼らに採用に動いてもらったり、もっと露出を増やしていきたいとも考えています。
「Know-how」と「Ready-to-use」に関しては、デザイン&エンジニアリング部の皆さん一人ひとりが感じている効率の悪さや「こうすれば良いのに」を、もっと次なる施策へと繋げていきたいですね。自分の成果が、組織全体、ひいてはお客さまを含む日本全体のエンパワーメントにつながると思うので、そこに対してもっと欲を持ってもらうように働きかけていきたいと考えています。
――最後に、今後入社される新たなメンバーに対する想いをお聞かせください。
田伏:2万人以上を擁するグループ全体に対して価値提供できるという魅力が、T&Iにはあると思っています。自分の仕事で得た様々な知見を会社の中で活用し、恩恵に預かり、Fintanを通してコンテンツにして世の中からフィードバックを受ける。そういった経験ができる組織は実はそこまでないと思っていますし、キャリアのバリエーションも幅広く構えているので納得感や達成感も大きいと考えています。このようなビジョンに共感いただいた方に、一人でも多くジョインしていただけたら嬉しいです!
編集後記
今回ご説明いただいたT&Iの活動戦略や各施策の内容は、いずれも冒頭に記載した「きほんのせんりゃく」で無料公開されています。それ自体がすごいことだと感じますが、大事なことは、戦略が独り歩きをしているわけではなく、仕組みとしてTISという会社の文化と共に浸透するための不断の努力が日々なされていることだと感じました。そこには当然ながら人事制度との連携もありますし、メンバー一人ひとりの意識付けに向けた環境整備もあります。様々な施策が日々トライアル&エラーで進められているからこそ、オープンにすることでの恩恵を受けることができるのだと、取材を通して強く感じました。
取材/文:長岡 武司
撮影:平舘 平
TIS株式会社
テクノロジー&イノベーション本部