あいまいなクラウド移行の道筋を具体的な戦略と方策に落とし込む。ベストプラクティスに基づいたガイダンス「Microsoft Cloud Adoption Framework for Azure」のポイント

市場が激変する中、企業が生き残るには、デジタル技術の力を生かして自らを変革させていかなければいけません。ただその大方針は分かっていても、具体的に何から手を付け、どのように一歩踏み出せばいいのか、戸惑う企業は少なくないでしょう。

その指針としてマイクロソフトが提示している「Microsoft Cloud Adoption Framework for Azure」と、「Microsoft Azure Well-Architected Framework」について説明します。

クラウドトランスフォーメーションの道筋を示すフレームワーク「Microsoft Cloud Adoption Framework for Azure」

今、あちこちで「デジタルトランスフォーメーション(DX)」や「クラウドトランスフォーメーション」というキーワードが注目されています。ビジネスを効率化し、価値を高めていくにはデジタルの力を駆使して迅速にサービスを開発し、刻々と変化する市場の反応を見ながら修正していくプロセスを素早く回す必要があります。それにはデジタル技術、そしてクラウドサービスの力が不可欠です。

事実、Fortune 500に名を連ねる企業の価値が10億ドル以上になるまでにかかった年数を見てみると、かつては平均20年ほどかかっていたのが、時代のキーテクノロジーを駆使した企業はその半分以下で達成しています。XiaomiやSnapchatなどは、わずか2年で10億ドル企業に成長したほどです。マイクロソフトのクラウドソリューションアーキテクト、久保智成氏はこうした事例を挙げ、「クラウドを駆使することによって、とりあえず試してみてだめだったら改善する “Fail fast”という考え方でサービスを作り、進化させていくことができます」と述べました。

さて問題は、それをどのように自社の戦略に落とし込み、具体的な取り組みを進めていくかです。DXに取りむ顧客の悩みに、パートナーとしてどう答えればいいか悩むケースもあるでしょう。

こうした課題を解決する上で大きな手助けとなるのが、「Microsoft Cloud Adoption Framework for Azure」です。

これは、マイクロソフトの顧客の成功事例に基づいて、ビジネス戦略とテクノロジ戦略、両方の作成・実装を支援することを目的とした実証済みのガイダンスです。久保氏は「方法論と使うべき具体的な技術、やり方といったものをセットにして、ビジネスに役立てることができます」といいます。ひいては、企業や組織がクラウドを活用して成功を収めることができるでしょう。

すでにMicrosoft Cloud Adoption Framework for Azureを利用してクラウドトランスフォーメーションを実現した例も少なくありません。たとえば電通イージスネットワークでは、世界中のデータセンターで運用してきたワークロードをクラウドに移行するに当たり、Microsoft Cloud Adoption Framework for Azureに基づいて、コスト、スケール、ガバナンスなどの課題をクリアしていきました。

CCoEチームの構成と6つのステージで進めるクラウドトランスフォーメーション

Microsoft Cloud Adoption Framework for Azureは、企業規模でクラウドネイティブな開発を実現するために必要な役割や責任、
行動に関する考え方を体系化してまとめたナレッジフレームワークです。テクノロジの部分はもちろん、テクノロジ以外の部分も含めたプロセスになっており、「CCoEの構成」に加えて、大きく「戦略定義」「計画」「導入準備」「採用」「管理」「ガバナンス(統制)」という6つのステージ(象限)で構成されています。

「顧客がビジネスとして実現したい部分をしっかり戦略として定義づけ、クラウドを使うに当たっての計画に落とし込み、本番環境に向けて準備し、そして本番化されたシステムを使っていく。並行してガバナンス周りと管理に関しても成熟させていくという、6つの象限から構成されています」(久保氏)

これら6つのステージはそれぞれ、戦略定義は「戦略コンサルティング」、計画は「ITコンサルティング」「ITアセスメント」、導入準備は「共通基盤設計」や「PoC支援」、採用は「マイグレーション」「モダナイゼーション」、そして管理や統制の部分は「マネージドサービス」といった具合に、パートナー各社が提供しているソリューションにマッピングしていくことができます。

またクラウド移行を進めていきながら、クラウドベースの IT 基盤構築を推進していく組織メカニズムとなる、CCoE(Cloud Center of Excellennce)は、6つのステージを経てクラウドに移行する前の段階に事業戦略に組み込むことで、より迅速なビジネスプロセスの自動化、デジタル化の強化、そして組織横断的なイノベーション促進が期待できます。

「企業規模でリーンな事業開発を実現するために必要な役割や責任、行動に関する考え方を体系立てたナレッジに基づき、クラウド戦略担当や導入・開発担当だけでなく、事業企画や会計担当など、企業の意思決定に必要な役割を果たすメンバーで形作られます」と久保氏は説明しました。

ツールやワークショップを有効に活用しながら効果的な移行を支援

CCoEを構成したら、いよいよMicrosoft Cloud Adoption Framework for Azureに沿ってクラウドへの「ジャーニー」を進めていくことになります。マイクロソフトでは、さまざまなアセスメントやチェックを支援するツールや参考ドキュメントをMicrosoft Cloud Adoption Framework for Azureの中に組み入れています。これらを活用することで、より効果的に移行を進めることができるでしょう。

まず戦略定義のステージでは、「そもそもなぜクラウド移行をしたいのか、どのような成果を出したいのか」を明確にし、要件に落とし込んでいきます。コストをどのくらい削減したいのか、事業をいつまでにどのくらい伸ばしたいのか、あるいはビジネススピードをどのくらい向上させたいのか。こういった目的を明確にし、次のあるべき姿を定義することによって、自ずと次に取るべきルートも決まってきます。

なお、この戦略定義においては「カスタマーとのワークショップが有効です」と久保氏は述べました。ホワイトボードを前に、何について深掘りが必要で、いつまでに、何を、どこまでやるべきかといった事柄をディスカッションし、合意を取っていくことで、戦略に基づいた計画が明確になっていきます。

戦略を定義したら、計画の前段階として現状のアセスメントを行い、具体的な移行計画を作成して、実行に移していくことになります。ここでのポイントは、アセスメントを行い、「既存のデジタル資産にはどういうものがあるか」を把握して移行の優先度を付けることです。久保氏は「もし100個のアプリケーションを持っているならば、最初の10個は性格の異なるアプリケーション、ワークロードをクラウドに移行していくことが重要です。そうすることで、問題やギャップが明確になり、残りの90個の移行も非常にスムーズになります」とアドバイスしました。

マイクロソフトではこの計画を立てるためのテンプレートを提供するほか、現状と推奨事項の間にどのようなギャップがあるかを示す「Cloud Journey Tracker」や、ガバナンスの観点からAs IsとTo Beを比較する「Governance Benchmark」といったツールも提供しており、これらも役に立つでしょう。ただ、こうしたツールの多くは英語での提供です。質疑応答の中で久保氏は「文章自体はシンプルでわかりやすいため、必要に応じて、Webブラウザの翻訳機能などを活用して日本語にしてください」と述べました。

さて、プランニングしたはいいが、いざ本番稼働に向けてクラウドを使い出すと、「ガバナンスやセキュリティ運用がよく分からない」「IDの考え方、ネットワークの考え方がよく分からない」といった、さまざまな「疑問符」が出てくるのも事実です。

準備の段階はそこを解決するステージです。ワークロードを移す最初のAzure利用環境である「ランディングゾーン」のためのテンプレートのほか、「Azure Quick Start」「Azure Setup Guite」といったツール類を活用し、ベストプラクティスを取り入れながら「よく分からない」という部分を片付けていくことができます。

準備ができたら、いよいよ採用(移行)のステージです。「ただ単に、すべてリフト&シフトで移行すればいいというものではないですし、またすべてモダナイズし、クラウドネイティブにすればいいかというとそうでもありません。成長のバランスとクラウドのスピードのバランスを取ることが重要であり、Microsoft Cloud Adoption Framework for Azureのドキュメントはその考え方に基づいて作られています」(久保氏)。さらに、アセスメントと実装、テスト、さらなるアセスメント…という反復型のプロセスでクラウドを使っていくことも重要だと指摘しました。

マイクロソフトでは、この採用のフェーズにおけるギャップを洗い出す「SMART」ツールを提供するほか、何のためにクラウドに移行するのかという目的に応じて最適なマイグレーションパターンを見出すことのできる簡単なフローチャートを用意しています。

そして最後に、管理とガバナンスのステージに進むことになります。久保氏は「ポリシーに合わせて、どういうリスクに対して何をやっていくのかというスコープをしっかり作っていくことが一番重要です」とし、考慮すべきさまざまな要素のバランスを取りながら、セキュリティベースライン、管理ベースラインを作っていくべきだと呼びかけました。

マイクロソフトでは、自らMicrosoft Cloud Adoption Framework for Azureに沿ったクラウド移行を支援するだけでなく、多くのパートナーの協力を仰いでパートナーソリューションも展開しています。たとえば、最初のランディングゾーンから本番環境に向けて進化させていくためのテンプレートを登録しているパートナーなどがあるそうです。

Microsoft Azure Well-Architected Frameworkについて

このようにMicrosoft Cloud Adoption Framework for Azureは企業全体の視点から、ビジネスとテクノロジの両面にまたがりクラウドトランスフォーメーションを推進していくためのフレームワークですが、技術的な要件を固めて実装していく立場の人間からすると、より具体的な設計指針がほしいところです。

そこをカバーするのがAzureの設計原則や考慮すべきポイントをまとめた「Microsoft Azure Well-Architected Framework」です。以前、「Design Review Framework」という名称で呼ばれていたものをベースに全体を改訂したもので、Microsoft Cloud Adoption Framework for Azureが提唱している6つのステージのうち、主に導入準備、採用、管理、ガバナンスといった領域を対象にしています。

Microsoft Azure Well-Architected Frameworkは、「コスト最適化」「オペレーショナルエクセレンス」「パフォーマンス効率」「信頼性」、そして「セキュリティ」という5つの柱で構成されており、それぞれの柱ごとに具体的な設計の指針を紹介しています。また、5つの柱で推奨されている事柄と現状のギャップ、達成度を把握し、どのような推奨事項があるかを示す「Azure Well-Architected Review」や、現在動作しているAzure環境とMicrosoft Azure Well-Architected Frameworkを照らし合わせ、どのような状態にあるかをチェックできる「Azure Advisor」といったツールも用意されています。これらを繰り返し活用することで、クラウドシステムをよりよいものに高めていくことができるでしょう。

「これまでのオンプレミスのインフラをただ置き換えるだけでは、クラウドの良さを使いこなせない部分があることは、多くの方が実感しているはず」と久保氏。そこから一歩踏み出し、フレームワークとツール、システムをうまく活用し、よりよいクラウドトランスフォーメーションを実現してほしいと呼びかけました。

文:高橋睦美

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