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3児の母が、券売機のAI化プロジェクトをリード。日立の「技術力」と「働きやすさ」について聞いてみた

ここ数年で猛威を振るった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による外出などの制限がグローバル規模で落ち着き、我が国においても観光目的のインバウンドが回復してきました。JNTO(日本政府観光局)の推計によると2023年8月の訪日外国人数は215万人を超えており、コロナ禍前の2019年の同月値・約252万人と比べると、85%近くまで回復してきたことが数値から伺えます。

そんな現状において課題の1つとなっているのが、公共交通機関での移動や観光における外国語対応でしょう。2025年の大阪万博も目前に迫る中、首都圏を中心に網の目状に広がる鉄道やバスなどのチケットを購入するのに苦労する外国人観光客の姿も多くなってきています。

そんなコミュニケーション上の課題に対して、AI技術を活用して取り組んでいるのが株式会社日立製作所(以下、日立)です。同社では「多言語対話プラットフォーム」と呼ばれる、音声認識・機械翻訳エンジンを搭載した音声翻訳サービス、及び音声認識と対話エンジンを組み合わせた音声対話サービスを提供しています。

今回は、この多言語対話プラットフォームを活用して同社と鉄道会社向けにシステムを導入されているお客さまと共同開発を進める、券売機のAI化プロジェクトについて、担当エンジニアの青木 千佐子さんにお話を伺いました。青木さんは3人のお子さんの育児をしながら本プロジェクトをリードしてきたということで、「ワーキングマザー」としてのキャリア視点でのお話も、後半で伺いました。

プロフィール

青木 千佐子(あおき ちさこ)
株式会社日立製作所
社会システム事業部モビリティソリューション&イノベーション本部
2001年、日立製作所に新卒入社。大学では情報系学部にて脳科学の観点で認知科学を研究。入社後は鉄道領域のITを担当する部署に配属され、座席予約システムの再構築をはじめ、様々な交通系システム開発プロジェクトに携わる。途中、4年ほどの産休・育休を経て、多言語対話プラットフォームを活用した券売機のAI化の開発プロジェクトにリーダーとして参画し、現在に至る。

お客さまとの協創で開発を進めた券売機のAI化

――券売機のAI化ということですが、まずはどのようなものなのか、機能概要について教えてください。

青木:利用者がコールセンターのオペレーターと会話をしながら商品を購入できるディスプレイ付きの券売機があるのですが、その画面上にバーチャルなAIオペレータを投影し、AIオペレータと会話をしながら商品を購入ができるサービスになります。

こちらはお客さまと日立が共同で開発を進めてきたもので、2023年3月から実際に街中に導入されています。

――こちらはどのような背景で開発プロジェクトが始まったのでしょうか?

青木:大きくは2点ありまして、1つは各所で言われている労働力人口の減少に伴う窓口業務の省人化があります。コロナ禍以前からお客さまは、将来的な窓口業務のあり方に対する構想を考えられており、その中の1テーマが有人対応からAIによる自動対応へのシフトでした。
当時からスーパーマーケットやコンビニなどでセミセルフのレジなどが導入されていったこともあり、窓口においてもそのような仕組みの導入が検討されていたということです。

そしてもう1つは、今後ますます増えていくであろうインバウンドを見越しての、外国人顧客へのサポートシステムの実装です。これについては、同時期にNICT(情報通信研究機構)から国産の機械翻訳エンジン(みんなの自動翻訳@TexTra®)が開発されたタイミングということもあり、もともとは翻訳システムとしての実装が考えられていました。
そんな中、世の中ではチャットボットへの期待値が非常に高まっていったこともあり、日立が以前より研究を進めていた自然言語対話の技術を活用する形でお客さまの新しいビジネス創生に寄与できないかとご提案させていただき、2018年より共同で券売機でのAI化の検討・開発を進めることになりました。

――以前からお客さまとは事業上のつながりがあったのでしょうか?

青木:はい。もともとは日立が同社の開発ベンダーの一社として様々なシステムについてご提案/受注し、システムインテグレーションしていくという関係でした。そのような形でお互い長年の信頼関係がある中、今回のプロジェクトに関しては一緒に新しいビジネスを「協創」しようということで取り組むことになったわけです。

日立としてはSIerとして技術提供をしつつ、完成したプロダクトに関しては日立のソリューションとして横展開するサービス提供サイドとしての役割も担っていることになります。PoCを進めながら、いわゆるサービス提供者としてどのようにプラットフォームを作っていけばいいのか、という部分を常に議論しながら進めていきました。

雑音が多い街中の券売機に音声AIを実装するということ

――日立が以前より研究を進めていた自然言語対話の技術、とおっしゃっていましたが、具体的にはどのような仕組みを活用しているのでしょうか?

青木:「多言語対話プラットフォーム」という、様々なチャネル、デバイスに対して音声認識・翻訳や対話を提供するAIエンジンを使っています。こちらは、日立の研究所が作っていた自然言語による対話プログラムをベースに製品化したもので、「音声対話」と「音声翻訳」の2つのサービスが提供されています。

音声対話の方が、研究所によるオリジナル技術を製品化した「デジタル対話サービス」をベースにしたもので、音声翻訳の方は、グループ会社である日立ソリューションズ・テクノロジーが提供する多言語音声翻訳ソリューション「Ruby Concierge」をベースにしたものになっています。

音声対話サービスでは、お客さまの音声を認識・テキスト化し、それを入力として回答を生成・音声合成することで、AIによる自動対応を実現する。対話ログから知識バンクを育てていくが、知識バンクの管理は人がチェックして行うようになっている。

音声翻訳サービスでは、発話内容を逐次、音声認識・翻訳することで意思の疎通を支援する。自由文の認識の他、可変項目(駅や場所名などのキーワード)と文章(フレーズ)の辞書登録による定型文認識を組み合わせたハイブリッドな認識により、より正確な認識を実現する。

青木:今回の券売機のAI化ではこの2つをつなぐ形で活用しています。

――開発するにあたって、どのような工夫を凝らしましたか?

青木:端末側プログラムが対話エンジンを使う時と音声翻訳エンジンを使う時で、出来る限り作りの違いを意識しないようにしたいと考えていました。
意識してしまうと、端末側プログラムの汎用性が低くなってしまいます。そのため、インターフェースをできるだけ統一する形で、対話要求や音声合成要求などのフラグをつけてアクセスすることにより、端末側の作りを楽にするようにしています。
また細かいところとして、音声認識したものを対話エンジンへと流すようにしているのですが、エンジン同士がうまく噛み合わない場合があり、そのようなときは工夫を凝らす必要がありました。

――どういうことでしょうか?

青木:例えば島根県に「波子(はし)」という駅があるのですが、「波子まで行きたい」という発声に対して音声認識は「橋まで行きたい」と理解してしまいます。音声としては正しいのですが、利用者へ提供したいサービスとしては間違っている。このようなケースがポロポロと出てきたので、補正したいテーブルをお客さまに作ってもらっています。

――なるほど。そこはテーブル管理なんですね。

青木:はい。今はNICTのモデルをそのまま持ってきているので、そのような仕様になっています。モデルそのものを作っていくことで最適化していくことは、今後の課題かなと思います。

――もう1つ、実際に券売機が置かれている街中では雑音が多いと思うのですが、そのあたりの精度に関する制御についてはどのようにされたのでしょうか?

青木:おっしゃる通り、そこは難度が高く試行錯誤した部分です。当初の想定では、利用者自身にお話しいただくタイミングでボタンを押してもらうオペレーションを考えていたのですが、お客さまからは利用者が係員と会話しているような自然なユーザビリティとしたいというご要望をいただきました。そのため、利用者自身がボタンを押す操作は無くして、何らかの方法で話すタイミングで音声入力をONにする必要がありました。

ですから、初めの段階では音声合成による案内が終わったら自動で音声入力をONにするという仕様にしていたのですが、そうすると、AIが案内文を話している途中で発言を始めてしまう利用者が多いことがわかりました。

――僕もせっかちなのでそうする気がします。

青木:ですから、音声合成による案内が流れている間も、マイクをONにして音声入力ができるようにする必要がありました。
そこで、常に音声入力をONにしつつ周囲の雑音を考慮してトライアル・アンド・エラーによってデシベルに閾値設定し、そこを超えたものだけを音声認識するというチューニングとし、実際にチューニングはお客さまで実施していただいています。

今後のチューニング要素としては2つ。まずは音声合成による案内そのものがマイクに入ることで音声認識を開始してしまうという誤検知が考えられたので、日立の方で研究を進めている「話者分離」の技術を使って機械的に分離していくというのを、まさにこれから進めようとしています。
また、先ほどおっしゃったような構内での様々な雑音も多分にあり、それによって音声認識をスタートさせてしまうという誤検知も考えられるので、そこに関しても今後のチューニング課題と捉えています。

ちなみにこの辺りの技術研究については、以前Qiita Zineで記事になっていた川口さん達ともやりとりしています。
▶️リスクテイクしてこそ研究者だ。音響と画像認識で成果を出し続ける日立研究員のマインド

今後はルールベース型AIと生成系AIのハイブリッド展開をしていきたい

――昨今でLLM(Large Language Models = 大規模言語モデル)や生成系AIの飛躍的進化が話題になっていますが、それらに関するトレンドがプロダクトに与える影響としてはどのように捉えていらっしゃいますか?

青木:今は基本的にルールベースでAIを開発していて、先ほどお伝えした通り、補正に関してもテーブル管理となっています。それはそれで、利用者へ出来る限り正確なサービスを提供する点では非常にいいと思うのですが、一方で、ルールに無い様々な質問をされたときにFAQで返すなど、ルールベースじゃない形で問い合わせモデルを作るという部分については、生成系AIの仕組みが使えると思っています。
ここは日立でも研究を鋭意進めているところで、ルールベースで答えるところと生成系AIで答えるところを、うまくハイブリッドに組み合わせる形が良さそうだと、現時点では想定して研究を進めていますね。

――やはり研究所と一緒に事業開発を進めることができるのが、日立ならではの強みと言えそうですね。

青木:そうですね。SEがしたいことを、研究者が一緒になって考えて作ってくれるところは、おっしゃる通り体制として大きなメリットだと思います。

――今回は他社との協創による開発ということで、プロジェクトを進める上で大変だったことなどはありましたか?

青木:まさにゼロベースからスタートしたということで、アイデアを具現化していく部分が大変であり、やりがいも大きかったところです。
お客さまの方ではSE部門と営業企画部門がいらっしゃる中で毎回打ち合わせをしていったのですが、営業企画の方々から構想に対する思いが出てくるので、そこに対して我々とSE部門の方々とで形にしていき、PoCの提案をしていったという流れになります。
とはいえ、基本的にはお客さまの方が実際に券売機を導入されるエンドユーザーさまとの調整役を担ってくださったので、我々の方ではシステム開発に注力することができました。

――今年3月から導入が開始されていますが、お客さまからはどのようなフィードバックをいただいていますか?

青木:概ね好意的に見ていただけていて、途中の振り返りミーティングなどでも、しっかりと日立をパートナーとして見てくださっている印象です。

――エンドユーザーである利用者からのフィードバックなどは何かありましたか?

青木:直接フィードバックなどのお問い合わせをいただいたわけではないのですが、X(旧Twitter)を見てみると、ネガポジ両方こそあるものの、概ねいい意見が多い印象です。
ポジティブな意見としては、「人と会話しているような流れで商品が買えるのが分かりやすい」という意見がありました。
一方でネガティブな意見としては、反応が遅いだとか、機械に疎い人はあまり使わなさそうといったものもあったので、引き続き課題と捉えて改善していけたらと考えています。

――今後の展開としてはどのように考えていらっしゃいますか?

青木:技術的な話としては、「多言語プラットフォーム」は日本語・英語・中国語(北京語)・韓国語の4ヵ国語に対応しているので、外国人の方向けのAI対応も進めていきたいです。日本語と違い、外国人向けにはもっとシナリオをシンプルなものにしてもいいと思っていて、具体的には一問一答型で答えさせていく方が使い勝手がいいんじゃないかと思っているので、そのような形で実装を進めていけたらと考えています。

あとは生成系AIの活用についても、先ほどの繰り返しにはなりますが、ルールベース型とのバランスを見ながらハイブリッド型に導入していきたいところです。

育児中でも、組織/チームの理解があるからこそ乗り越えられている

――働き方についても伺いたいのですが、普段はどのように過ごされているのでしょうか?

青木:今は子供たちも大きくなってきたので時短勤務は終了し通常勤務しています。
少しキャリア面のお話をすると、入社してからずっと交通系システム開発のプロジェクトに携わっていたのですが、途中で3回の産休育休を取得し、復帰してからしばらくは時短で勤務するという形にしてもらっていました。

1人目、2人目の産休明けは復帰が大変で、働き方としても提案活動やPoCなどの短期的な業務がメインになっていました。3人目くらいになるとだいぶ要領もわかってきたのですが、それでも当初は5時間勤務などにしていただきながら業務とプライベートのバランスを取るようにしていました。

3人目の育休から復帰したのが2018年頃なのですが、ちょうどその頃は世の中でチャットボットや音声認識などが盛り上がっていまして、日立社内でもデジタル対話を活用した省人化、インバウンド対策に関するプロジェクトを立ち上げようとしていました。そんな流れの中で当時の上長から「やってみないか」と言われ、久々に長期的な開発プロジェクトにアサインいただいたという流れになります。

――3人の子育てをする中でのキャリアということで、職場に対する感想などはいかがでしょうか?

青木:まずもって、ライフステージに合わせた働き方ができていると感じます。出産・育児という制約がある中で、暖かい目で見ていただきながら、働ける時に働けばいいし、今の自分ができることを一生懸命やればいいというスタンスで、上長含めたチームの皆さんに接していただけていると感じます。

特に子育ては、イレギュラーなことが起こるものです。ある時、突発的に子どもが入院することになったのですが、そういう状況下でも主人と協力しながらうまくやりくりしつつ、チームの皆さんにも沢山サポートいただいていました。

――チームの理解があるというのは非常に大事ですね。技術者としての職場への感想はいかがでしょうか?

青木:日立にはとにかく多くの領域の専門家がいるので、それをまとめ上げるのがSEの仕事だと思っています。各プロフェッショナル達と一緒になって、新しいソリューションサービスを作れるのが、この会社の醍醐味だなと日々感じています。

あと、風通しがすごくいいので、わからないところはすぐに聞ける、フラットな土壌もあると思っています。横の関係はもちろん、上下の関係も、本部長など上のラインの方であってもフランクに相談に乗ってくれるので、何かしらを求めれば得られるような環境があると感じています。

――なるほど。今後のキャリアを見据えてやっていきたいことは何かありますか?

青木:特にこれをやりたいというよりも、自身の幅を広げるためにまだまだ修行が必要だと感じているので、なんでも経験していきたいと考えています。こういった新規プロジェクトを回していくような仕事もあれば、ビジネス企画を立てていくような仕事もあるので、分け隔てなくやっていきたいなと思っています。

――今後一緒に働くとしたら、どのようなメンバーにジョインしてもらいたいですか?

青木:特に今回のような協創案件だと、答えというものがなくて自分で探って作っていく側面が強いと思うので、切り開く力がある人と一緒に仕事ができたらと思います。現在のチームメンバーを見渡しても、みんなそうやって問題解決をしているので。

――ありがとうございます。それでは最後に、読者の皆さまに一言メッセージをお願いします。

青木:ここまでお伝えしたとおり、日立はエンジニアにとってとても働きやすく、また長い目で暖かく見守ってくれるような会社だと思います。私自身としては日立に育ててもらったという意識が強く、成長のための土壌が整っているなと感じます。ぜひ、自分自身を成長させる場として選んでいただきたいです。

編集後記

ここ半年で国内各所を訪れるたび、観光客の方々が券売機の前で悩み、結果として人のいる窓口に長蛇の列ができてしまっているケースをしばしば目にしてきたので、こういったAIの活用は急務だなと改めて感じました。それにしても、3人のお子様を育てながら本プロジェクトをリードされているのはすごいなと、同じ育児中の身として感じます。チームの理解があってこそということで、働きやすさは本当に重要な観点だと感じます。

取材/文:長岡 武司
撮影:平舘 平


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