技術の集合であるプラットフォーム、価値の集合であるプロダクト by.ビットキー 〜Qiita Engineer Summit 2021レポート②

2021年7月21日、エンジニアとして活動している方を対象にしたオンライントークセッション「Qiita Engineer Summit 2021」が開催されました。これは、“This is Engineering”をコンセプトにしたもので、参加企業各社が考え、取り組むエンジニアリングについて語っていだだく場です。

Qiita Engineer Summit 2021 特設サイト

セッション第二弾では、革新的デジタルキーテクノロジーを提供する株式会社ビットキーについて。
同社では、自社の認証認可プラットフォーム、ソフトウェア、ハードウェアを開発し、デジタルとリアルをシームレスにつなぐことで、「暮らし」や「職場」における体験のアップデートを進めてます。

自社で複数のアプリケーション、ハードウェアとその基盤となるプラットフォームを作ってきたプロダクト開発経験から「技術の集合であるプラットフォーム、価値の集合であるプロダクト」をテーマに、本当に価値あるプロダクトを作るうえで重要なものとはなにか、どんな考え方を大切にしているのかを、独自の視点で語られました。

登壇者情報

町田 貴昭
株式会社ビットキー VP of Product / Workspace & Experience
東京理科大学工学部出身。
2012年にワークスアプリケーションズに入社し、会計システム・EC製品の開発経験と、建設業界向けシステムの立ち上げにも携わる。
その後、2018年にビットキーへ創業期に入社。
ソフトウェア領域のプロダクト開発を中心に、プロダクト全体のビジョン立案からUXを設計し、コーディングまでを推進。
現在はビットキーのWorkspace事業を中心にプロダクト責任者とUXチームのマネージャーを兼務している。

ビットキーって何をしている会社?

まずは改めて、ビットキーという会社について紹介します。2018年5月に設立された同社は、すでに従業員数が230名に達しており、資本金も90億円を超えています(2021年4月28日時点、資本準備金を含む)。

その事業内容を一言で表現すると「Connect 事業」だといい、その第一歩として、同社はスマートロックの開発から着手をしています。

2019年4月に、最初のプロダクトとなるコンシューマー向けスマートロック「bitlock LITE」をリリースし、同年11月にはスマートロックの国内累計販売台数が1位となりました。2020年6月にはスマートロックの周辺のプロダクトとして受付管理システムの「bitreception(現workhub Reception)」を販売開始し、スマホでの解錠以外にも顔認証を使ったスマートロックも提供を開始。創業からちょうど2年後となる2020年8月には、パナソニックとIoT宅配ボックスの開発も進めることとなりました。

これら一連のプロダクトの根底には「Connect Everything」という思想が流れており、ID基盤や権利の認証認可の基盤である「bitkey platform」を開発しつつ、さらにこのプラットフォーム上で「home」と「work」、そして非日常領域となる「experience」という3領域におけるプロダクトの開発を進めています。

それぞれ、「homehub」「workhub」「exphub」という3プロダクトがあります。

homuhub, workhub, and exphub

1つずつ見ていきましょう。

日常生活にフォーカスを当てたhomehub

homehubは、創業時にコンシューマーに対して販売したスマートロックの延長線上にあるプロダクトです。はじめは家の鍵をスマートフォンで開け閉めするといった機能が中心でしたが、その範囲が家全体へと広がり、さらには家の外も含めた街全体のサービスをつなげるプロダクトへと進化しています。例えば住んでいる家に関する困りごとや、引越しなどの行政手続きなどについて、一気通貫で対応できる想定で開発が進んでいます。もちろん、各サービスを提供する事業者や不動産管理業者といったバックヤードステークホルダーに対するSaaS管理サービスも併せて開発を進めています。

町田「bitlock LITEの販売開始以降、様々なハードウェアを開発してきました。例えばスマホを持っていない方(例えばお子様)向けのリモコンキー「bitbutton」や、マンションのオートロックを解除するための「bitlock GATE」などが挙げられます。またソフトウェアとしては、スマートフォンはもちろん、タブレット端末やAndroidTV向けなど様々なデバイスに対応するソフトウェアを開発・提供しております。加えて、例えば地域のコミュニケーションを活性化するためにhomehubのWEBブラウザ版を提供したり、管理業務のDXを推進するために管理人さんに使ってもらう用のスマートフォンアプリの開発などもしています。」

workhub

workhubは、多様化する働く空間と働く人、そして業務をつなげていくためのプロダクト。元々は空間への入退室などのオフィス向けスマートロックの提供をしていましたが、それ以外にも働く場所の検索と予約や、実際に空間を使うなど、一気通貫した体験を1つのソリューションとして提供しています。さらに、ロッカーやエレベーター、カメラ、照明、空調といった様々な設備と連動することで、より利便性の高い体験を実現しており、入退館1つ考えても、顔認証やQRコード、社員証提示といった多様な手法が想定されています。
自社オフィスだけではなく、様々なオフィス空間において、適用可能なプロダクトの開発をすることで、より柔軟性の高い働き方を支援するプロダクトになっており、その結果ニューノーマルの働き方を実現していこうというわけです。

町田「これまで作ってきたプロダクトについて、左側がハードウェアの領域、右側がソフトウェアの領域になります。例えばエレベーターの遠隔操作やオフィスビル1階のフラップゲート操作、受付管理のレセプションシステム、会議室の利用管理などといった、様々なプロダクトを提供しております。
今まではオフィスビル全体のセキュリティコントロールや受付の無人化、顔認証を使ったオフィスの入退室といった価値を提供してきましたが、今後はオフィス空間だけではなく、コワーキングスペースなど、働く空間として様々な領域においてアプローチしていこうと考えています。」

exphub

町田「最後のexphubは、まだ企画段階のものが多いため詳細な説明は今日この場ではしないのですが、homehubやworkhubが日常のスーパーアプリであるのに対して、exphubは非日常。普段やらない特別な体験を強力にサポートするスーパーアプリになります。
例えばコンサートチケットの予約やホテルの手配といった、現状だと色々な手段に分散している体験を一気通貫して提供していく領域です。」

共通基盤「bitkey platform」とは

ここまでの3プロダクトの全領域を支える基盤が「bitkey platform」です。bitkey platformは、IDの認証とその認証されたIDがもつ権利の認証・認可基盤として、ビットキーが目指すConnectを実現するための基盤になると言います。

町田「bitkey platformは現実世界をよりリアルにトレースするためのプラットフォームです。例えば田中太郎さんが、現実世界では1人しか存在しないわけですが、所属する組織や場面によって様々な振る舞いをすると思っています。例えばフリーランスの田中太郎さん、家族の一員としての田中太郎さんは、そのシチュエーションにおいて、できることできないことが様々変わってくると思います。bitkey platformは、これらの色々な場面におけるふるまいをデジタル上で表現して、権利の証明をしていくための基盤になります。」

こちらがbitkey platformの中身で、「idhub」と「datahub」という2つの領域に大きく分かれています。
現実世界の1人やその場面における振る舞いを証明するために、idhubが存在するのですが、同社が中央集権的にこのID発行を管理するのではなく、非中央集権的にコンソーシアム型で開発し、将来的には多様な会社と協働して本人認証を実現していこうとしている点がポイントになります。
さらに様々なサービス等をコネクトするにあたって、仮にAというサービスが持つデータで他アカウントの情報を連携するために、datahubという領域が存在しています。

町田「ここでは各事業者が持っている基幹システムや基幹データを、他サービスにマイグレーションするための立ち位置になっております。」

bitkey platformの代表的な機能がこちら。
「ID Access Controller」とは、用途に応じたIDの認証強度設定と認証実行を司るもので、シチュエーションに応じて異なる認証強度を実現するための機能になります。「Personal Data Protector」は、ID認証に伴う個人情報の保護と許諾に応じた利用をするためのもので、個人が許諾をした上で初めて各サービスが個人情報を参照できるようにするための機能になります。「ID Converter」とは、IDaaSとしてID連携や変換、許可を行うものであり、各サービスでのIDの特性を活かし続けたまま、それをコネクトしていくという思想をを反映した機能となっています。最後の「Rights Deal & Key Gen」とは、ID間での権利の取引と実行を行うもので、例えば「鍵が開けられる」という権利を発行してそれを実際に証明する機能になります。

町田「実際に一番最初に我々がリリースしたbitlockアプリとbitlock LITEには、IDの認証に基づいて「デバイスを設置したアカウントだからその人は鍵を開けられる」といった権利をこのbitkey platform上で生成した上で、実際にハードウェアのところでその権利を証明することで家の鍵が開く、といったことを実現しています。」

Bitkeyのプロダクト開発の考え方

では、実際に同社はどのような考え方・思想のもとで、この雄大なプロダクトの開発を進めているのか。最後に4ポイントに分けて説明がなされました。

一番大切にしているもの

町田「我々が一番大切にしているのは「価値」です。この「価値」は、様々なペインの解消や新しい体験であると捉えています。
この価値を先ほどの3つの領域に考えたときに、1つの領域をとってもすごく広域になります。何年たったら開発しきるのか僕もわからないぐらい広域なのですが、その中で「大きな価値」と「小さな価値」に分けて我々は考えています。」

同社は、非常に抽象的な大きな価値を定義し、そこからドリルダウンして、具体的な小さな価値へと落とし込んでいくと言います。例えば町田氏が担当しているworkhubには、働き方DXやニューノーマルな働き方といった複数の大きな価値があるわけですが、これだけだとプロダクト開発で何を作れば良いのかが分かりません。ここからより価値を具体化していくために、小さな価値をどんどんと考えていくわけです。
まずはworkhubなので、オフィスや工場、自宅といった「働く環境」を考えられる限り考え、さらにその各環境でどういった振る舞いや業務が発生するかも、同じく考えられる限り考えていきます。例えばオフィスの「受付業務」という業務を考えた際に、受付を無人化させるだったりシームレスな受付体験というものを具体的な価値として定義した結果、bitreception(現workhub Reception)というプロダクトが生まれたと言います。

町田「こういった大きな価値から小さな価値を考えていくのは誰が担いますか?プロダクトオーナーですか?それともUXデザイナーですか?
弊社ではこの価値を、プロダクト開発に関わる全メンバーが、ビジネスサイドのメンバーと一緒になって考えています。時にはエンジニア自らが実ユーザーにヒアリングしますし、それに対してビジネスサイドも強力にサポートしてくれます。こういったプロセスを通じて、実際に実装するエンジニア全員が顧客を理解してプロダクトを作っております。」

小さな「価値」をつなげていくための「体験」設計

プロダクトチームは当然、いきなり大きな価値を実現するために手当たり次第、小さな価値を実現していくわけではありません。順番に小さな価値を積み上げていき、大きな価値を皆で目指していこうという形で開発を進めています。一方で、小さな価値だけを見ていると、価値が点在化していって大きな価値に繋がらないといったリスクもあります。
そこで同社は、価値の次に「人々の体験」を考えていると言います。

町田「この図はworkhubを多く作る上で、一番最初に考えた大きな価値の部分的な1枚絵です。左上にはオフィスビルという働く空間があって、右上にはコワーキングスペースという働く空間があります。さらに各空間ごとに、例えばスマート認証という価値があって、社員証や顔認証があることで入退室ができるといった価値や、コワーキングスペースでは予約が可能な会議室が管理できますといった小さな価値があります。
こういった様々な小さな価値が大きな価値の中には存在しています。ただこの小さな価値を体験する働く人は当然1人になります。この1人の働く人が、いろんなシチュエーションにおいてworkhubというプロダクトを扱うことになるんですけれども、小さな価値がそれぞれバラバラになって進化し続けていくと、大きな絵にはならないと考えています。そのため、体験においては大きな体験として捉えた上で、小さな価値を実現していくことになります。
まとめると我々は、体験全体を考えることで、複数のプロダクトを跨ぐ価値が、より自然につながるように設計をしています。」

デジタルだけでなくフィジカルも含めた「体験」

同社ではソフトウェアだけではなく、ハードウェアの領域もアプローチをしています。例えば受付の体験を考えたときのフィジカルな体験の想定が以下の通りです。

町田「対象となる空間を探して実際に入り、さらにその空間を使うというところまで一気通貫した体験を設計して、実際にそれをプロダクトとして落とし込んでいきます。ここがソフトウェアの開発だけではなくて、フィジカルな領域にも手を出せるビットキーならではの面白さかなと思っております。」

高域な開発をする上での技術的な挑戦

町田「ここまでの構想をお伝えすると、めちゃくちゃやることが多くないですかと言われますが、めちゃくちゃ多いです。終わりがないんじゃないかなって思うぐらいやることが多いのですが、だからこそ、開発においては効率的に価値を実現するための方法を我々なりに本気で考えています。」

homeやworkspaceで作ったプロダクトでは似たような機能を実装することも沢山あるわけですが、これらを毎回個別に実装していては、リソースがいくらあっても足りません。そのため、各hubシリーズで共通的に使えるバックエンドのレイヤーを抽象的な領域として開発していると言います。
例えば先ほどの受付の例の場合、受付する前に従業員の会議室の予約をするといった行為があり、通常ここではいきなり会議室予約システムを作りたくなるのですが、そうではなく、この「会議室を予約する」という行為を可能な限り抽象化して考えていきます。

町田「我々が定義したこの会議室予約というものは、誰かが任意の時間に特定の空間を確保するという、抽象化をした上でこのバックエンドの開発をします。これをすることで、homeでも似たような「内見予約」という業務を利用できるようになります。」

このときに、簡単に抽象化するだけだと他のhubシリーズでは使いにくいデータ設計等になってしまう可能性があるので、ここで大事になるのが「顧客理解」です。全員が顧客理解を徹底することで、使いやすいAPIの開発へとつながっているというわけです。

町田「まだまだここは挑戦的な領域でして、我々も完全に完璧にできているわけではないかなと思っています。引き続き、どうしたら効率的にできるのかといったところを考え、挑戦していきたいなと思っております。」

最も大切なこと

町田「ここまで4つのポイントでお話させていただきましたが、最後に大事なこととして。一人ひとりが良いものを作りたいという「想い」と、何を作りたいかという「意思」が、最も大切かなと思っています。この想いと意志がないと、顧客に言われた通りに作ってしまうことになりかねません。価値や体験の設計というのも大事なのですが、その前提に一人ひとりのプロダクトを開発するメンバーの想いと意志が大事かなと思っています。」

取材/文:長岡武司

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