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「富岳」で知られるArmの半導体の設計資産の大半が“使い放題”になる!?「Arm Flexible Access」とは

計算速度などを競う世界ランキングで4冠を獲得したスーパーコンピューター「富岳」にArmプロセッサが使われていたり、PCの分野でもArmベースプロセッサの採用が決まったりするなど、最先端の話題に事欠かない「Arm」。そのArmが昨年7月に発表した、半導体の設計資産IP(Intellectual Property)の利用をより自由自在なものへと進化させた提供モデルが「Arm Flexible Access」です。

これを導入すると、様々なArmのIPを使って自由にSoC(System on a Chip)の評価試作をできるようになります。ライセンス料はテープアウト(半導体の開発工程のマイルストーンの1つで、設計から製造に移る時点)までに支払えば良いため、メーカー側にとって利用しやすいプランです。

IoT分野や車の自動運転分野などで、今後さらに広がりを見せると予測されているSoC分野。Arm Flexible Accessが生まれた背景や導入のメリットなどをArmのビジネスデベロップメントマネージャ・五月女 哲夫氏に伺いました。

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プロフィール

五月女 哲夫(さおとめ てつお)
アーム株式会社
ビジネスデベロップメントマネージャ
大学卒業後、計測器メーカーのR&Dで製品開発を担当。その後、アーム株式会社において、技術サポートを担当。現在はArmのIP 製品の販売促進を担当している。

Arm Flexible Access」とは?

――「Arm Flexible Access」の製品概要を教えてください。

五月女 : 年会費を払って半導体の設計資産IPを利用していただくメンバーシップ制のプランで、IP部品、サポートとトレーニング、ツールとモデルの3つがセットになっています。製造に使ったIPの分だけ料金が発生するビジネスモデルですので、利用者は好きなArm IPを自由にダウンロードして評価や試作をどんどん進めることができ、柔軟にSoCの開発を進められます。
メンバーになると様々な特典が得られる「Amazonプライム」や、ご存知でない方もいらっしゃるかもしれませんが、使った分だけの薬代を支払う『富山の置き薬』の半導体版をイメージしていただければと思います。

これまでのライセンスとの大きな違いは、ライセンス料をテープアウトまでに支払えば良いということです。本格的な費用の支払いまでにいろいろとIPを試して、性能のバランスを見て差し替えていくことができるようになります。また、必ずしも製造までしないといけないわけではないので、「自社でSoCの製造はしないけど、IPを使った設計の評価はしたい」というセットメーカー(半導体を組み込んだ最終製品を開発、製造、販売などを行う企業)にも最適なプランです。

メンバーシップは、「エントリー」と「スタンダード」の2つがあります。名前が示すとおり、エントリーのほうが気軽なプランで料金も安くなっていますが、使えるArm IPの種類は同じです。主な違いは、テープアウトできるプロジェクト数がエントリーは年間1つでスタンダードは無制限という点にあります。

――これまでの半導体開発を取り巻く状況や課題について教えてください。

五月女 : 昔の電子機器はプリント基板の上に多くのIC(集積回路)を載せていました。最近の電子機器に非常にコンパクトなものが多いのは、プリント基板の上に多数のICを載せるのをやめ、1つのIC中にシステム全てを載せるSoCが主流になったからです。おかげでスマートフォンなどは非常に小さなものになりました。もし、SoCを使わずにスマホを作ったら、とんでもない大きさになるはずです。

SoCの中にはプロセッサやビデオ回路やメモリなどが膨大に搭載されていますが、これら全てを自社だけで開発するのはかなり難しいと思います。プロセッサはArmから、ビデオは別の会社から、USBはまた別の会社から…というように、それぞれの専門の会社からライセンスを受け、それらを統合して1つのSoCにまとめ上げていくことで開発を進めていきます。

このようにSoCを作る会社は、必要なIP部品を入手するため、それぞれのIP提供会社とライセンス交渉の上、そのIPのライセンスを取得する必要があります。また、このライセンス交渉はこれまでライセンス契約の経験がある会社ならともかく、初めてSoC開発をする会社には敷居が高いという状況がありました。

――そういった状況に対応するために「Arm Flexible Access」が誕生したのですか?

五月女 : そうですね。背景のひとつになっています。くわえて近年、IoT分野の急伸などでSoCを作りたいというセットメーカーが増え続けています。実際、SoCを自社開発する敷居はかなり下がってきています。コストも下がっていますし、設計するためのツールも簡単に手に入るようになっています。

実は現在のハードウェアの回路情報はプログラムを記述するかのように作成しています。昔は回路の設計は紙の上に鉛筆でロジックシンボルを描いていましたが、今はRTL(Register Transfer Level)という言語で記述します。このRTL、ハードウェアのC言語みたいなものなんですね。したがって、ソフトウェアエンジニアも一歩ハードルを越えれば、ハードウェアを設計することも可能です。

もうひとつ大きいのは、FPGA(Field Programmable Gate Array)で設計したことがある方が増えたことです。FPGA上でのSoC開発経験から、今度はASIC(特定の用途向けに開発された集積回路)でSoCを作ってみようかと思うわけですね。

しかし、従来のライセンス形態では、先ほど申し上げたようにSoCづくりにチャレンジするには敷居の高い状況があります。そこで、Arm Flexible Accessのようなモデルを用意して、新たなお客様に利用していただくためのエントリーポイントにしたいと考えています。

「Arm Flexible Access」を導入するメリット

――Arm Flexible Accessを導入するメリットについて教えてください。

五月女 : Arm Flexible Accessのメンバーになるメリットは、まず、豊富なIP部品が自由にダウンロードできて、好きに評価・設計できることです。エントリー、スタンダードいずれのプランでも、Arm IPの約75%が利用できます。CPU以外にもGPUやシステムIP、セキュリティIPも含まれていて、Armが提供するSoCを作るときに必要になるIP部品の大半は網羅できています。

また、IP部品だけではなくて、必要になるソフトウェア開発環境ツールやIPを構成するツール、モデル、ドキュメントが利用できるのもメリットです。例えば、CPUの場合、半導体として製造する前に動作をさせてみたいということがありますが、CPUと同じ動きをするソフトウェアのモデルがついてきます。さらに、Arm Flexible Accessの年会費にはサポートやプランによってトレーニング費用が含まれているのもメリットになっています。従来のライセンス契約では、サポートやトレーニングは別料金でした。

様々なメリットをご紹介しましたが、中でも大きなメリットは、個々のライセンス交渉の手間がかからず、製造直前までライセンス料が不要、かつ製造しない選択もできることで、設計・製造により集中できることになります。

――IP部品を自由に使えるから、設計する段階で最適化でき、自社製品に合うようにセットアップしていけるわけですね。

五月女 : そうです。セットメーカーの場合は、最終的に半導体会社がSoCの製造を担当し、自分たちでテープアウトや製造はしないのでエントリーで対応できることになります。今、SoCの開発は製品を差別化するための重要な要素になっているので、セットメーカーやIoT関連企業にとってArm Flexible Accessは利用価値が高いプランになっていると思います。

「Arm Flexible Access」が実現したこと

――Arm Flexible Access によって、どんなことができるようになりましたか?

五月女 : IoT分野、車などの自動運転分野、家電といった組み込み用途のSoCで、性能と価格のベストバランスを探りやすくなりました。

極端な例ですが、製品単価が1万円以下の製品では製造コストが厳しく、ICひとつに数百円をかけられないこともあります。そういった製品ではベストバランスのSoCを作る必要があり、IPをいろいろ試して最適な組み合わせを選ぶ必要があります。そういうとき、Arm Flexible Accessならいろいろ試して設計できるメリットがあります。

SoCの出荷数量はスマホやモバイルよりも組み込み機器のほうが断然多い状況で、具体的には7割程度を占めます。 家電製品とか、自動車のECU(Engine Control Unit)とか、HDDのコントローラーとか、深く組み込まれて表から見えないのですがものすごく出荷個数が多いんですね。IoT分野、組み込みの分野はマーケットとしてはとても大きいですし、Armも力を入れている分野なので、そういう方々にとってハッピーなライセンス形態にしたいと考えています。

――Arm Flexible Accessで解決できない課題はありますか?

五月女 : 指摘されそうな点は、Arm Flexible Accessで利用できるIP部品にはスマホやタブレット用途のハイエンド向けのプロセッサが入っていないことと、従来のライセンス形態のほうがロイヤルティを抑えられる場合があること、この2つだと思います。

まず、Arm Flexible Accessで利用できるIP部品にはスマホやタブレット用途のハイエンド向けのプロセッサが入っていないことについて、これはスマホやタブレット用途のハイエンドCPUを作れる会社が数社しかないことが理由です。そういった企業はすでにArm製品の長期の出荷履歴があり、また膨大な数を出荷するため、従来のライセンス形態のほうが有利になってくる場合があるからです。
また、スマホなどのプロセッサはあれこれ試すことがないこともあります。常に1番性能の高いもの、最新のものを投入していくからです。そのため、ある意味、選択の悩みがないわけです。

従来の通常ライセンス形態は、この形態なりの利点があるため、今後も続けていきます。ライセンス時の条件を最適な形に変更する交渉ができたり、累積出荷個数が増えるとロイヤルティが低減するようになっていることなどが利点です。
そのため、製品の性格によって従来のライセンスとArm Flexible Accessを使い分けていただくことになります。

「Arm Flexible Access」を導入すると成果があがる企業は?

――Arm Flexible Accessはどのような企業が導入すると効果が見込めますか?

五月女 : このプランはいろいろな企業に利用いただけると考えています。ひとつは、“あまり大きくない半導体会社”です。大きな会社であれば、製造数量などから従来の通常ライセンスで買っても支障はありませんが、そうではない場合、活用メリットは大きいと思います。また、受注型の半導体会社やIC設計会社にも向いています。もちろん大きな半導体会社でもプロジェクトの条件に応じて、Arm Flexible Accessの方が有利な場合は多々あります。

半導体の開発・製造をする企業以外が使うケースも想定しています。具体的にはセットメーカーです。セットメーカーは最終的にICを作りませんが、ICの一部を設計したいというニーズがあります。先ほども言いましたが、SoCの開発は製品を差別化するための重要な要素になるからです。

よくある事例がプリンタメーカーやデジカメメーカーです。画像用の回路が差別化の要因となり「うちのプリンタの印刷は新開発の回路だから発色がキレイ」だとカタログに書けるわけです。そのため、最近はセットメーカーもSoCの開発に取り組みはじめています。そういったメーカーにも、自分たちで納得のいくSoCを設計できるようになるArm Flexible Accessは有効です。

また、Arm Flexible AccessはIoT分野などで新しく何かを作ろうとしているスタートアップ企業のチャレンジも促しています。Arm Flexible Accessを利用して「ひとつ、やってみようか!」というメーカーが数多く出てくることを期待しています。具体的には、一定規模より小さいスタートアップ企業には「Arm Flexible Access for Startups」という年会費がかからないプランを用意しています。このプランを活用して、ぜひ会社を大きくしていただきたいと考えています。

Arm Flexible Accessは昨年7月にスタートして、ワールドワイドですでに約60社が加入していますが、これから何百社規模に育ってほしいと思っています。

――Arm Flexible Accessのサポート体制はどのようになっていますか?

五月女 : ハードウェアはミスの回避が難しいので、疑問があったら全て解消して作っていかなければなりません。そのため、Armはサポートを非常に大切に考えています。
ソフトウェアの場合は、何か問題があってもパッチを当てて問題を回避できることも多いですが、ハードウェアは出荷後の問題の回避が非常に難しいものです。中には問題をソフトウェアで回避できる場合もありますが、逃げられないこともあります。市場に何百万台も出荷したあとで問題が出てパッチを当てられない場合、大変なことになりますので、設計をものすごく慎重にする必要があります。

Arm Flexible Accessで受けられるサポートは通常ライセンスと全く同じものです。Armのサポートはハイスキルな人材を揃えていて、市場からも高い評価をいただいています。

――Arm Flexible Accessを2年目以降も継続する企業は多いですか?

五月女 : ICの開発に1~2年かかるのは当たり前なので、Arm Flexible Accessを1年だけ契約するということはあまり多くないと考えています。また、製品を出荷してからもサポートを受けたい場合も多いと思いますので、メンバーシップを継続するほうがメリットは大きいと思います。

――最後に、読者のみなさんへメッセージをお願いします。

五月女 : Arm Flexible Accessは半導体会社はもちろん、それ以外の企業にも多く使っていただきたいと考えています。

SoCを作ることでビジネスを変えられるチャンスが世の中にはたくさんあると思います。SoCは守備範囲外とか、半導体会社のやることだと思わずにArm Flexible Accessを使って評価や検証を繰り返せるメリットを活用していただければと思います。製造ライセンス料を後回しにできて、リスクを低く抑えながら試す機会を増やせることは、開発中の心の平穏にもつながると思いますので、“SoCづくり”に積極的にチャンレンジしていただきたいと思います。

編集後記

もはや、SoCはお世話にならないで生きるのは不可能と思えるほど一般化しています。そして、SoCといえば、スマートフォンやタブレットに使われているという印象が強いですが、実際には、IoT分野、組み込みの分野での活躍が大部分を占めるといいます。その中にあって、Armは「世界で1番埋まっているアーキテクチャ」だそうです。

五月女氏が「Armを使ったソフトを書ける人って世の中に膨大にいるんですね。アーキテクチャは同じなので、極端な話、スパコン富岳で動くソフトも書ければ、USBマウスのソフトも書けるわけです」とおっしゃるのも、そういった事実を踏まえてのことだと思いました。

Arm Flexible Accessを利用すると、そんなArmの膨大に蓄積された汎用性の高い技術に触れることができます。SoCを通じて新たなモノづくりにチャレンジしたい企業にとって、この上なく魅力的なプランです。Arm Flexible AccessでIoT分野や車の自動運転分野、家電などでの半導体の試作や評価、開発が促進されることで、ワクワクする未来が創られていくのではないかと感じました。

取材/文:神田 富士晴


Arm Flexible Accessについて詳しく知る

Arm Flexible Accessは、低コストで、新規の半導体の開発に向けてArmのさまざまな半導体IPにアクセスすることができます。各種プロセッサIPに加え、「CryptoCell」などのセキュリティIP、「Mali GPU」、システムIP、SoC設計やソフトウェア開発用の各種ツール、サポートも利用可能です。スタートアップ対象の無料プランも追加されました。

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